鹿児島で陶芸やってます。ときどきデザインの仕事もしてます。
by しきこ
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2007年 09月 30日 *

熊本に行ってきました。苦手なディスプレーです。あとはよろしくお願いします。

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2007年 09月 28日 *
このブログでおなじみの ぺたんちゃんのギャラリーで 作品展をやります。
熊本にお住まいの方 是非 ご覧下さいませ。

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2007年 09月 28日 *


    空近く 丘のてっぺん 風吹けば

           ススキもあたしも 斜めにならぶ
    しきこ



先日 霧島に行ったとき、四駆でしか上がれない 丘の上に 8人で行きました。すごい風の強い日で 草木も人間も 同じように風に吹かれました。センセイ よろしくお願いします。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・[追記]・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
センセイのコメントです。

♪ しきこさんへ

秋に吹くつよい風を「野分」といい、『源氏物語』の章にもその名がみられます。秋は、やさしい印象をもつ季節ですが、ときには、そんな荒々しい表情をみせることがあるんですね。

それでは、レシピです。

天高く…などといわれるように、空の高さを感じさせる季節にもかかわらず、あえて「空近く」としたところに、「丘」の高さを想像させる工夫がみられました。(技巧派ですね。^^)

この歌のなかで、わたしが気になったのは、結句に置かれた「斜めにならぶ」という文言です。
つよい風が引き起こした状態にしては、「ならぶ」は、ちょっと整然とした印象になったしまうのではないでしょうか。

それをふまえ、わたしは、つぎのように詠んでみました。


      空近く 丘のてっぺん 風吹いて 

            ススキもあたしも 一緒になびく



結句を「一緒になびく」とし、「あたしも」一本のススキになってしまったかのような状況をあらわしています。
あわせて、第三句を「風吹いて」(<これは好みの問題かも…)にかえ、上の句と下の句のながれをととのえてみましたが、いかがでしょうか。
                                                さえら


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2007年 09月 26日 *
なんだか久しぶりに作ってみました。

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2007年 09月 22日 *
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先日より鹿児島の情報誌「クラウド」の取材を受けていましたが、本日 その本が送られてきました。
25日 発売です。みなさん 是非 買ってくださいね。




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作品とっても素敵に撮っていただきました。さすがプロです。^^
記事についても、わずか一時間半ほどの取材の中で私の思いを存分に汲んでいただき感謝です。

18窯元の作品の読者プレゼントもありますので ぜひ応募してくださいね。私のは 左ページ右上の「長方皿 2枚」です。
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2007年 09月 22日 *
さえら先生お願いします。


     それぞれの 雨に五百の 羅漢濡れ    ピロシキ


もう何年前かも忘れましたが、雨降りの中、五百羅漢を見に行ったことがあります。全体を見渡せば五百の羅漢さん全部に雨が降っているわけですが、ひとつの羅漢さんから見れば、その羅漢さんに降る雨は、決して隣りの羅漢さんに降る雨ではなく、その羅漢さんにだけ降ってくる雨で・・・・などと思いながらしばらく眺めていました・・・・。
今でも何かにつけよみがえってくる情景です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・[追記]・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
センセイのコメントです。

♪ ピロシキさんへ

ふとした瞬間に思い出す情景って、たしかにありますね。
五百羅漢像は、各地にあるようですが、ピロシキさんの思い出に残っているのは、どちらの羅漢さんなのでしょうか。

それでは、レシピです。

全体と個との哲学的な関係が、雨と五百羅漢像を通して感じ取れるような、深い句だと思いました。
この句について、わたしがなにかする必要はないようです。とはいえ、なにもしないわけにもいきませんね。
そこでわたしは、お返しの意味も込めて、つぎのように詠んでみました。


          羅漢像 雨も五百に 降り分かれ


わたしは、雨に視線をむけてみましたが、いかがでしょうか。

                                           さえら


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2007年 09月 20日 *
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                     Ф10.5cm ・ 高さ 6.5cm

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                   27.0cm×9.0cm ・ 高さ 12.0cm
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2007年 09月 19日 *
窯出ししました。とくに目新しい作品はありませんが、抹茶碗らしきものと、小鉢なんぞを・・・。

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                        Ф13.0cm ・ 高さ 7.5cm

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                       Ф13.ocm ・ 高さ 8.0cm

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                   小鉢・・・・Ф9.5cm ・ 高さ 4.0cm
                 長方皿・・・・30.0cm×9.5cm ・ 高さ 1.5cm
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2007年 09月 19日 *
さえら先生に質問ですが 面白い俳句を見つけました。

黛まどかさんの本で 知っておきたいこの一句” の100ページにある
竹下しづの女さんの句  「短夜や乳ぜり泣く子を須可捨マオ乎」
 
マオの部分の漢字がパソコンで探せなくてカタカナにしました。
このように下の句が全部当て字のような 表現は技法としてあるのですか?
この本では 簡単に意味を書いてあるだけで 技法については書いてありません。
気になります ほかにも面白い技法があれば教えてください。

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センセイのコメントです。

♪ ぺたんさんへ
たしかに興味深い句ですね。

    短夜や乳ぜり泣く児を須可捨焉乎

この句の下五に置かれた「須可捨焉乎」は「すてっちまおか」と
読みますが、じつはこれ、当て字ではなく漢文なんですよ。

竹下しづの女さんは、教師の経験もあり、日ごろから漢文に親し
んでいたことが知られていて、それが作句にも生かされたという
ことなんじゃないかとわたしは考えています。

   寝苦しい夏の夜、幼子が乳をほしがって泣きやまない。
  (じぶんも泣きたいくらいで)いっそ捨ててしまおうか…

といった意味のヒステリックな感じの句ですが、下五を上五・中
七の流れで「捨てっちまおか」と口語にせず、漢文をつかったと
ころに、現実を一歩はなれた視点や諧謔性を感じさせ、鑑賞者に
救いをもたらしているような気がします。(ただ、竹下しづの女
さんご本人が、それを意識していたかどうかはわかりません)

これは、いつもわたしがお話ししている「じぶんの言葉で詠む」
ということの、ひとつのいい例だと思います。
そのひとならではの言語感覚が、他のだれかのなかで発見や感動
となって伝わっていく。わたしは、そうしたことが、言葉の世界
をひろげているように思うんですが、いかがでしょうか。

                                   さえら

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2007年 09月 17日 *
先週、大分に行き、久住を通って帰ってきたのですが、久住はもうススキがゆれ、その中に夕日が沈んで行きました。


       秋風や 夕日くすぐる ススキかな    ピロシキ


ススキがサワサワと揺れる中を夕日が沈む様はとても心地が良く、車を止めしばらくながめていました。さえら先生よろしくお願いいたします。

※さえら先生に教えていただきたいのですが、先ほどの投稿句で「秋風」と「ススキ」で季語が重なってしまったように思います。やはりこのようなことは避けたほうが良いのでしょうか。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・[追記]・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
センセイのコメントです。

♪ ピロシキさんへ

もうすでにススキを見ることができる時季になっているんですね。箱根の仙石原あたりもそろそろでしょうか。
行くことができるかどうかわかりませんが、あとでチェックしてみたいと思います。

それでは、レシピです。

しずんでいく夕日をススキがくすぐるという表現がとてもおもしろいと思いました。
この句について、わたしが気になったのは、ピロシキさんご自身が危惧されている季語の重なりです。
俳句の世界では、こうした作りを〈季重ね〉や〈季語重ね〉といい、なるべくしないことが基本とされています。

というわけで、わたしは、つぎのように詠んでみました。


          風に揺れ 夕日くすぐる ススキかな


上五を「風に揺れ」とし、下五の「ススキ」を補足するかたちにしてみました。
もとの句の印象をなるべくいかすようにレシピ作品を詠んだつもりですが、いかがでしょうか。
   
                                               さえら


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